本レポートはセミナーの概要とポイントを抜粋したものです。
求められている体験価値や、その体験をガイドできる人材とはどのような能力を持っているのか、また育成していくための取り組みについてはアーカイブにてご覧いただけます。
本セミナーは「顧客体験価値を引き揚げる優秀な観光ガイド人材育成」をテーマに、主に旅行支出が高く地方を訪問する傾向にあるリピーターのニーズに合うような、特定の地域や観光資源に精通した地域スペシャリストガイドの育成について、実践例を交えながら、ミテモ株式会社 代表取締役澤田哲也と株式会社ジェイノベーションズ 代表取締役社長大森峻太さんより紹介させていただきます。
観光産業における高付加価値化「量から質への転換」の課題
2023年1月に観光庁が「新たな観光立国推進基本計画」の素案において目標を更新しました。その中でも特筆すべきは、「量から質への転換」あるいは「高付加価値化」についてです。
「高付加価値化」に向けて議論する際の論点として、①戦略②商品③仕組み④インフラ⑤人材育成/確保の5つがあげられますが、本来もっとも重要であるはずの⑤人材確保/育成に不足感を感じられている方が多いように見受けられます。
では、「育成すべき観光人材の種別と課題」とは何か。観光人材の種別は大きく分けて4つあり、それぞれに課題が存在いたします。
詳しい項目の解説はアーカイブで行っておりますので、ぜひご確認いただき地域観光産業増進のヒントとしてご活用ください。
本セミナーではその中でも特に地域側で人材確保や育成が求められる「特定の地域や観光資源のガイドに特化している地域ガイド」に焦点を当てて、2016年より株式会社ジェイノベーションズの代表取締役社長としてインバウンド事業を手掛けつつ、個人活動として大学において「観光ガイドの育成」について教鞭をとっている大森峻太さんに、具体的事例を交えながらより詳しくお話いただきます。
大森峻太さん:私は元々バックパッカーとして海外を回り、日本に戻ってきてから街頭で困っている外国人旅行客を助けるボランティア活動を行う団体を立ち上げ、その後に会社としてインバウンド事業を手掛けています。 具体的な事例として、まずは渋谷区での私たちの取り組みについてお話します。現在、私たちは渋谷区の観光案内所の運営と管理を手掛けています。コロナ以前は外国人観光客が1日に200人ほど来ていました。現在は70人ほど来ており、徐々にインバウンド需要が回復しているのを感じております
データで見るインバウンド需要
日本政府観光局の統計によると2011年は621万人程度であった訪日外国人数が、2019年には3200万人程度まで増加しています。右肩上がりに増加しているのは実はここ10年ほどのことで、インバウンドの業界としての歴史も浅くまだまだチャンスのある分野となります。
また、訪日外国人の団体旅行と個人旅行の内訳を見てみると、実は自分で航空券やツアー、宿泊先を手配する個人旅行の方が高い割合を占めているのがわかります。団体旅行のイメージのある中国でさえ、実は個人旅行が7割を占めています。また、欧米にいたっては訪日外国人の9割以上が個人旅行で来ています。
このデータから読み取れるのは、「旅行者のニーズが多様化している」という現状です。
団体旅行の前提は「みんなで同じ体験を共有する」ことなので、ツアーガイドは1人いれば全員をケアすることができました。しかし、現在はそれぞれの個人旅行者が各自好きなことを体験しに訪日しているためニーズが多様化しており、それに応えるために地方での観光ガイドにも多様性や柔軟性が求められています。
事例①:渋谷区観光協会オフィシャルツアー
平成30年度の調査によると、訪日外国人の東京都内の訪問先として渋谷は新宿・浅草・銀座に次いで4番目に人気です。また、訪日外国人の国籍別にみると、とくに欧米豪からの観光客に圧倒的人気を誇ることがわかります。なぜなら、欧米豪の方が抱く東京のイメージといえば「渋谷のスクランブル交差点」だからです。
一見すると渋谷区の観光価値は高いかのように見えます。しかし、訪問先として人気だからといって「必ずしもお金を落としていくわけではない」という点に留意しなければなりません。
外国人にとっての渋谷は「スクランブル交差点」と「ハチ公」の街であり、現状はこれらの風景を写真に撮るために渋谷へ来ています。つまり、買い物や食事、滞在先として渋谷が選ばれているわけではありません。
実際私たちが渋谷区の観光案内所を運営していく中で欧米豪からの観光客に多く聞かれるのが、「数時間あるけど何かお勧めはありますか?」という質問です。裏を返せば、観光客は渋谷のことをまったく知らないのです。
そこで、「渋谷区の観光の質を上げて、お金を落としてもらう」ために必要となるのが、ガイドの存在です。
ボランティアからガイドへ
元々私たちは「街中で困っている外国人観光客を助けたい」という想いから、日本各地の大都市で合計5000人近くの方にボランティアとして登録していただいて活動していました。そして2018年1月4日に改正通訳案内士法が改正され、国家資格を持っていない人でも外国人を有料でガイドすることが可能となったことをきっかけに、多くのボランティアの中から特にホスピタリティに溢れていて英語を話せる方に個別に「プロのガイドとして活躍しませんか?」と声をかけ、本格的な事業として始めました。
手探りの中で進めていきましたが、徐々に人気が出たため渋谷区観光協会から渋谷区のオフィシャルツアーとして公認をいただきました。
訪日観光客からの人気が出ることによる副次効果
このツアーの大きな目的は「ツアーで地域の魅力を発信し、滞在時間を伸ばす」ことにあります。訪日観光客の中でも渋谷ツアーは大きな反響があり、当初の思惑通り多くの外国人観光客の方に参加していただいております。また、「外国人観光客に人気のツアー」として日本のメディアに取り上げられたことにより、日本人からも注目が集まるという思わぬ副次効果も得られました。
渋谷のツアーの最新状況
私たちは「絶対に外せない!渋谷のウォーキングツアー」と銘打って売り出しています。体験単価は需要が上がっていくにつれて変えております。たとえば、3月後半の桜の時期は需要が高いため単価をあげております。
実際の参加者の内訳をみてみると、2019年も2022年もアメリカからの参加者が半数近く占めていることがわかります。また、データを見ると前述のとおり個人でのツアー参加が多いことが見て取れると思います。
興味深いのは、「予約」のグラフです。2019年のグラフでは3日前までの予約が52.6%だったのに対して、2022年は79%まで増えており、直前予約がより顕著になっていることがわかります。これはコロナの影響で先の予定が立てづらくなり、実際に日本に来てからツアーを探す方が増加傾向にあることを示しています。
このデータを、ツアーを立案する立場に立って見直してみると「3日前まででツアーの申し込みを締め切ってしまっていた場合、売り上げの8割を逃す可能性がある」ということにほかなりません。また、販売サイトの仕様上「本日実施されるツアー」が表示されやすくなっているため、実施時間の直前まで予約を受け付けることができればライバルを減らすことができます。
しかし、現実問題としてガイドやスタッフの手配を直前に行うことは難しいため、「ツアー開始直前まで予約を受け付けることのできる体制づくり」が運営の課題としてあげられます。課題の克服の手立てについては、アーカイブにて紹介しておりますのでぜひご視聴ください。
事例②:千代田区観光協会オフィシャルツアー
2020年1月7日から千代田区観光協会と提携して、インバウンド向けのツアーを敢行しております。千代田区には秋葉原や皇居など、もともと訪日外国人に人気のスポットは多くありますが、本ツアーでは「居酒屋発祥の店」などの、よりローカルなスポットに焦点を当てて旅程を組んでおります。今はコロナ禍で休止を余儀なくされていますが、海外でのツアーのトレンドを取り入れた本事例についてもアーカイブにて取り上げております。
訪日外国人への宣伝としてのサービスの活用
さて、ここまで具体的な事例を取り上げてきましたが、そもそもよいツアーを組んでも観光客への宣伝ができなければ意味を成しません。効果的な宣伝を行うためには多少の手数料はかかってもAirbnbなどのOTAや販売サービスを活用することが必要となります。
2018年にはAirbnbの体験サービスの中で、東京の予約数が世界一位になりました。ただし、人気であるからだけではなく、実はネガティブな側面もありました。
それは、「言葉の壁」です。
日本各地にはまだ知られていない魅力的な文化が多数あるにも関わらず、訪日外国人と伝統文化の職人との間には「言葉の壁」という大きな課題があるために、ガイドが両者をつなげる必要があります。
言い換えれば、ガイドを育成して「言葉の壁」を取り除けば、よりディープな日本文化をPRしていくことで、さらなるインバウンドの獲得につながるのではないでしょうか。
事例③:伝統工芸 包丁づくり体験@大阪
この体験自体は元々、包丁職人さん達自身が日本人向けに行っていたもので、私の会社のメンバーが参加した際にとても面白かったため、外国の観光客にもぜひ体験してもらいたいと考えて「ぜひ海外向けに売り出しませんか」と声をかけました。
その際、通訳だけではなく問い合わせ対応や金銭管理なども含めて、仲介役として私たちが入ることで、職人さんの負担を最小限にして敢行いたしました。海外の観光客の方からの人気も高く、高価格帯のツアーであるにも関わらず、売れ行きもレビューも好調でした。
また、需要の高まりに伴って職人さんたち自ら値段をあげていき、職人さん達の売り上げの向上にもつながりました。
体験内容の詳細や実際の観光者の声はアーカイブにてご覧いただきたいと思います。
以上のように、外国人がアクセスできなかった伝統文化やローカルな観光資源にガイドが仲介役として入ることで付加価値を見出し訪日外国人のニーズに答えることができる上に、職人さんたちにとってもビジネスチャンスを得ることにつながり、ひいては伝統文化の継承にもつながるという好循環を生み出すことができるのです。
事例④:バスを使った茨城県取手ツアー
こちらは私たちの会社のインターン生が地元のツアーを組んだものです。インターン生が地元の好きなお店やスポットといったローカルなスポットを巡るもので、バス代はすべてゲストに負担してもらう形で敢行いたしました。一見すると観光地ではない地域ではありますが、ツアー参加者からは大変好評でした。
実際巡ったスポットや参加者の様子はアーカイブでご覧いただけますので、気になる方はご視聴いただければと思います。
地域観光産業へのニーズと課題とは
実は、訪日外国人の約6割がリピーターであるというデータが2020年度版観光白書に出ています。最初こそ富士山や東京などの有名な観光地を巡りますが、リピーターになればなるほど旅行支出が高く、より一層ローカルな文化を求めて地方を訪問する傾向にあります。
そのため、ガイドが「地域と旅行者をつなぐ仲介役」として、通訳だけではなく明文化されていない日本の文化を訪日外国人に伝えることで地域と旅行者の間の摩擦や誤解をなくし、地域と旅行者の両者が満足できる環境づくりのために非常に重要であると考えています。
しかし、日本の観光/アクティビティに対する満足度の調査を見てみると、ガイドやツアーガイドの項目がアジアの平均よりも下回っているという結果となっています。それは私の実感としてもあって、欧米の観光地のガイドはスペシャリストでありエンターテイメント性が高い方が多い印象があります。
ツアーはレビューが命
訪日観光客は、レビューの数と評価の平均値を見てどのツアーに参加するかを決めています。そしてより良いレビューを書いてもらうためには何が必要か。
それは、「ツアーコンテンツ/ガイドが”ユニーク”であること」です。これは、「あなただからこそ提供できる体験」または「あなたとなければ体験できないもの」と言い換えることができます。
良いレビューにつながるユニークな体験ツアーの作り方や、その際のガイドに求められる6つの力についてはアーカイブにて触れておりますので、ぜひご視聴いただき参考にしていただきたいと思います。
ガイド確保のために必要なことは?
最後に、ガイドを確保する際によく聞かれる疑問についてお話いたします。それは「地域のボランティアガイドにプロの有償ガイドになってもらうのは難しいですか?」というものです。
結論から申し上げますと、難しいです。国際交流などを目的とするボランティアガイドとツアーを運営して報酬を得るプロのガイドとでは目的が違うからです。
かわりに、学生や副業として希望している社会人の方にガイドとして活躍してもらうことがチャンスにつながると私たちは考えています。
ガイド育成のフローや活躍し続けるガイドの条件、一定の質を担保するスクリプトや、IT化の進む中でガイドに求められる価値についても、アーカイブにて紹介しています。
地域の観光産業が自走していくための一助となればと思います。
また、アーカイブでは「ガイドをスカウトする際に重視している資質は?そもそも資質は育成していけるものなのか?」「持続的に稼いで自立・自走していけるガイド人材や組織を育てるために求められることは?」などについてお答えしております。