本レポートはセミナーの概要とポイントを抜粋したものです。
高付加価値な観光事業を作るための構成要素や、観光事業を通じて地域を活性化するための方法、そしてその具体的な取り組みについてはアーカイブにてご覧いただけます。
本セミナーは「高付加価値なインバウンド観光事業の作り方」をテーマに、主にラグジュアリー層に向けたツアー商品造成と観光事業を運営していくための仕組み作り、さらに地域への副次的な効果について、ミテモ株式会社 代表取締役澤田哲也とEighty Days株式会社 代表取締役グランジェ七海さんより紹介させていただきます。
コロナ以前からのインバウンド事業の課題
コロナによって人と物の流れが止まってしまう2019年までの間、訪日外国人旅行者は増加傾向にありました。2030年観光ビジョンによる訪日外国人旅行者数の目標6000万人に対して2012年836万人から、2019年3188万人と飛躍的に増加していました。
一方で訪日外国人旅行者数の増加に伴い、外国人旅行者消費額も増加しましたが、目標値の15兆円に対し、2019年4.8兆円と訪日外国人旅行者数と消費額の増加率とは乖離が見られました。また2016年から2019年にかけては、消費額の成長率は鈍化傾向にありました。
そのため、コロナ以前から訪日外国人一人当たりの消費単価の増額を目指した「高付加価値化」が課題として挙げられていました。また「高付加価値化」ということを念頭においた時、富裕旅行者=ラグジュアリー層はとても重要な存在であることがJNTOなどの調査で指摘されています。なぜなら、ラグジュアリー層の数は旅行者全体の1%に過ぎないにも関わらず、全体の消費額の中では多くの割合を締めているからです。(参照:富裕旅行市場に向けた取組について 2020.10.5 JNTO資料より)また、その購買活動の中身を見てみると、大半が大都市圏での買い物等が多く、地方での消費・地方への送客が少ないということも課題としてあげられています。
時代によって変化するラグジュアリーの定義
当社の活動を通じて日本の伝統工芸に携わっていると、モノとしての工芸品だけでなく産地や文化的な背景に興味を持っているラグジュアリー層の方々が、とても多いことを実感します。
上述したJNTOの調査などからも、ラグジュアリー層の20-40代を中心に、地域の文化性(文化、起源、遺産、スタイル、独自性、本物、質)を重視するモダンラグジュアリー志向の方が増えてきていることが指摘されています。また、東京、京都、大阪のような都市ではなく、「地方でしか体験できないこと」を楽しみたいニーズがあることも調査結果で分かりました。
「消費する観光」から「分かち合う観光」へ
地域の文化資本(『文化資源』ではなく『文化資本』)つまり、そこにある地域固有の文化や自然をすり減らしながら、旅行者に消費してもらうのではなく、その価値を分かち合いながら、その地域の価値そのものを高め続けていくための観光事業を生み出すことが、当社の観光振興支援のゴールです。
実際に日本各地での活動を通じて、日本各地には文化的な営みがユニークな形で数多く残っていると感じます。これらの資産を活かしながら、ラグジュアリー層のニーズに応えていこうとする試みは、ただ売上を上げることだけでなく、ターゲットの誘致を通じて、地域の方々の声を聞き、地域の産業、文化、自然を含んだ地域全体を活性化していくことに繋がっていくと確信しています。
観光事業の5つのステップ
地域固有の文化資本を活かし、地域活性化に繋がる「高付加価値な観光事業」を実現するためには、大きく5つの検討事項があります。
詳しい項目の解説はアーカイブで行っております。ぜひご確認いただき、観光事業の商品造成のヒントとしてご活用ください。
2016年よりEighty Days株式会社という訪日外国人向けの旅行会社の運営を行っているグランジェ七海さんより、現場のプレーヤーとしての体験と共に、インバウンド業界の具体的なトレンドについてより詳しくお話いただきます。
海外で勝負できる日本の魅力を知って
グランジェ七海さん:『私は証券会社やアメリカでコンサルタントのプロジェクトに携わるなどの業務を経て、スタートアップで人工知能のソフトウェアの販売を行っていました。そこで全国各地を訪れる中で、地方の現状を目の当たりにした時、地方の地域で何かしたい、地域への貢献がしたい、と思ったことがこの活動を立ち上げた経緯です。
私自身もあまり旅行をしない人間でしたが、職人の技術や美しい原風景に触れることで、「これこそが海外で勝負できるところなのではないか」と感じました。さらに、これらの技術や原風景が失われないように、そして次の世代に受け継がれるようにしていきたいと思ったことが、今の活動に繋がっています。
「活路はラグジュアリー市場にしかない。」
実は、地域の魅力を活かした観光ビジネスを開始した当初は大赤字でした。「ビジネスになる気がしない」と思いながらも、地域の文化や自然を体験できる商品に対するお客様の満足度は非常に高く、「この満足度の高さは一体何なのだろう?」と私自身も不思議に思っていました。
ただ、この「満足度の高さ」こそが、今の日本の観光業に足りていないラグジュアリー層向けの価値提供の中核であることに気づき、この市場に参入するきっかけとなりました。
もしみなさんがメニューを開発される場所が東京のような都市ではない場合、ラグジュアリー層をターゲットにするしか活路が無いのではないかと感じています。なぜなら、体験を中心とした商品を提供するビジネスは、皆さんが思う以上にコストがかかるので、ビジネスとして成り立たせるためには高価格帯を狙っていく必要があるからです。
例えば、東京・大阪などの都市を一歩外に出ただけで、二次交通・三次交通が必要になります。これら交通費だけでなく、周辺を観光するハイヤーや、通訳を含めたガイドの手配、宿の手配が必要となり、体験場所までのピストン移動をするだけでも相当な金額になってしまいます。
実は東京ほど安く旅行ができる場所は無いのです。物価は高いのですが、価格競争が発生しているので、安いホテルやお店を見つけることも容易です。安いお店だけでなく、高級なホテルやお店も沢山あり、どんなお客様でも受け入れられてしまうというのが都市のメリットでありデメリットでもあります。都心から離れている地域の方こそ、ぜひラグジュアリーの市場に入るべきだと考えています。
ラグジュアリー層の旅行トレンド
コロナ後、旅行者の入国が2022年7月から再開されましたが、そのトレンドについてはアーカイブにて詳しくご紹介いたします。国や地域ごとの特徴や、B to BとB to Cに分けながら旅行者の傾向を具体的にご紹介しております。
唯一無二の商品を開発:クリエイティブ
私は「日本の各地域は違うようで同じ。同じようで違う。」と常に思っています。例えば、
茶道体験、忍者体験、侍などのテーマは、似たような体験がどの地域でもできますし、職人さんもどの地域にも少なからずいるでしょう。
その時に、地域固有の魅力を引き出すきっかけになるのが「ストーリーを作ること」です。これは再現可能な映画を作るような感覚です。そして、映画を作る上で次に大切なことは「演出」です。例えば職人の想いを地域の公民館で語られるのと、職人と現場で臨場感を持って話されるのとでは大きな違いがあり、その演出を考えるということです。
そして、最後に考えるべきことは「人」です。この映画に誰を登場人物とするのか。必要な人は、日本語を通訳する人だけでなく、誰によって語られるとそのストーリーに説得力や感動が生まれるのかを考える必要があります。
なにより重要なことは、その土地にある価値を棚卸しから始めることです。その中でどこに白羽の矢を立てるかということが、実は一番複雑なことでもあるのです。
ストーリーの尖った商品を開発するだけでなく、現実的な面から商品を考えることも重要です。例えば、「どこから人が訪れるのか?」「訪れるまでの交通手段は何で、いくら費用がかかるのか?」などの観点から、プライシングを考えることで、体験にかけられるコストを算出することもできるでしょう。
例えば、1名あたり100万円を使う旅行だった場合、半分は宿泊費としてかかります。また25%ほど交通費にかかり、体験・アクティビティガイドには約25%ほどしかかけられないのです。「とりあえずラグジュアリー層だから、1人1日10万円」などとプライシングするのではなく、松竹梅のランクを付けながら、まずは1日1人3万円以下のプランを考えることからはじめてみるのが良いと思います。
商品開発:オペレーション
運営の面では様々なリクエストを個別に受けることを、予め念頭においておいた方がいいと思います。訪れる方々は、もちろん日本のことをよく知らない人ばかりなので、例えば「10日間で東京と京都と箱根に行きたい」と言われてしまうと、予算と日数を鑑みると、コースはかなり限定的になり、体験できることも限られてしまうでしょう。
さらに日本をよく知らないが故に生まれる個別の矛盾したリクエストに翻弄されることもあると思います。そのような対応が必要になることを認識しながら、運用していくことを視野にいれていただきたいです。
これらのクリエイティブ、オペレーションのステップを通じてツアー造成を行った大阪府堺市の例をアーカイブにてご紹介しています。刃物で有名な堺市の「ハサミ」に着目したツアーの内容についてぜひチェックしてみてください。
観光による地域への影響
ラグジュアリー層向けのツアー造成によって、体験人数や消費金額などの数値だけでは測れない、副次的な効果も見られています。例えば、ある工房では、工房の中が整理整頓されたり、自発的に商品をディスプレイや値段表記がされたり。
特に職人さんとのコラボレーションでは、職人さん自身のプレゼンテーションが上手くなっただけでなく、仕事への誇りを改めて認識していただいているように感じます。外国の方が目の前で感動する姿を見たり、積極的に質問をしてくれる姿を見たり。そのようなコミュニケーションを経て職業に対する肯定感も高まっていき、そんな姿を見て後継者も出てくるなんてこともあります。このように地域の方も変化していくことは、経済的な効果だけでないと感じます。
商品とチームを作る
最後に、商品を作り運営していく体制について紹介していきます。ラグジュアリー層の市場においては「その地域でしか体験できない商品」を開発するだけでなく、いかに「個別に対応ができるか」が重要になってきます。そのための地域側に体制を整えるために、3つの切り口が必要だと言われています。
(参照:富裕旅行コンテンツの磨き上げ、付加価値向上の視点|2020年11月18日 JNTO 発表資料より)- A、コアバリュー:供給価値そのもの
- B、バリュー提供の工夫:供給者の工夫・サービス
- C、商品性:供給される商品の特徴
コアバリューを磨きあげることは、旅行全体をコーディネートするトラベルデザイン会社だけの仕事ではなく地域側でも担わなければなりません。それは、商品の魅力を磨き上げつつ、トラベルデザイン会社と連携できる「体制を地域側に構築する」ことも含まれます。
その観点でも「人材の育成・育成に対する投資」はとても重要です。例えば商品のコアバリューになるような工芸の職人さんは、旅行商品をつくるプロではないですし、宿泊場所や交通、ガイドの手配を行うノウハウやネットワークをお持ちではない方がほとんどだと思います。
そこで、地域の中に旅行商品を企画するとともに、現地の運営体制構築を担うプロデューサーとなる人材を育てていくことが必要です。ミテモでは、自治体・DMOとともに財源を確保しつつ、プロデユーサーとなる人たちへの育成投資を行うとともに、トラベルデザイン会社や広域DMO、宿泊施設や地域と連携体制を構築することで自走化を支援しています。
「自分の地域にはプロデユーサーがいない」とよく相談を受けることもありますが、例えば、商品のデザインをしている人や、地域でゲストハウスの経営をされている方、先代から事業を引き継いで地域活性に繋がることをやってみたいと感じている人など。プロデユーサーになりうる方は実は地域に沢山いるのです。そのような方をプロデューサーとして発掘して育てていくという視点をもってみてください。
一例として『LOCAL CRAFT JAPAN』という活動をご紹介します。これは工芸を旅の目的地とした旅の提案、そして工芸のバトンを未来に繋げていくプロジェクトで、現在5つの地域で活動しています。具体的な座組としては、当社が事務局として全体を統括しながら、地域のプロデューサーや作り手の方々、地域内外のサポーターと一緒にメニュー開発、運営体制構築を支援しています。
エージェント、トラベルデザイナー、メディアやブランドなど地域外の事業者からアドバイスを頂きながらも、あくまで地域が中心となりながら、商品とチームを作っていく取り組みを行っています。また、勉強会も行い、自分たちの開発した商品をマーケットインの視点で捉えなおす機会を設けたり、地域ごとのプロデューサー同士で交流を行うなど、一方的な勉強会ではなく実践と交流を通して、コアバリューの磨き上げと自走化を支援しています。
これらの活動の具体的な内容はアーカイブでご紹介しております。地域で自走できる商品造成・チーム作りに興味がある方はぜひご覧ください。
またアーカイブではセミナー参加者からの質問にもお答えしています。
「国や宗教によって共通する、見たい・体験したいと思われる特徴や傾向は?」
「日本文化にゆかりのない方、興味がない方にも楽しんで頂く工夫は?」などについてお答えしております。