企業理念や戦略の実現のためには、研修の受講者が普段の業務の中で行動を起こすことが大事です。受講者の行動変容につなげるためには、ADDIEモデルのプロセスに沿って研修計画を立てることをオススメします。今回の記事をご覧いただいた皆さま向けに、ADDIEモデルのプロセスで使えるテンプレートもご用意しております。最後までお読みいただき、是非ご活用ください。
研修計画実施のプロセス:ADDIEモデル
企業理念や戦略の実現のために研修の受講者の行動変容を促すには、効果的な研修計画を立てる必要があります。
前回のコラムで、研修計画を立てる際には、研修の目的を明確にしたうえで、インストラクショナルデザインを踏まえて研修を計画実施することで研修効果が高くなるとお伝えしました。インストラクショナルデザインには様々な理論や考え方が存在していますが、まず押さえておきたいのが「ADDIEモデル」と呼ばれる研修計画実施のプロセスモデルです。
ADDIEモデルとは、以下の5つのプロセスの頭文字を取ったものです。
- ①Analyze(分析)
- ②Design(設計)
- ③Develop(開発)
- ④Implement(実施)
- ⑤Evaluate(評価)
中原淳(編著)荒木淳子、北村士朗、長岡健、橋本諭(著)(2006)『企業内人材育成入門』ダイヤモンド社 東京 156-158
仕事の改善サイクルとしておなじみのPDCAサイクルの研修版と思っていただけるとわかりやすいでしょう。PDCAサイクルと同じようにADDIEモデルも継続的に繰り返しながら改善していくことが大切です。
それでは具体的な各プロセスのポイントをご紹介しましょう。今回はADDIEモデルの中でも特に重要な①Analyze(分析)を中心にご紹介します。
1Analyze(分析)
新規に研修を計画するときも、既存の研修を見直すときも、まずAnalyze(分析)がプロセスのスタートになります。
Analyze(分析)では、理想の定義と現状把握と分析を行った上で、研修の目的と目標を設定します。このプロセスをしっかり行い、研修計画の概要を決めて、社内のステークホルダーと認識を合わせることで、Design(設計)以降のプロセスに進んだ後に「やっぱり違った」と、前のプロセスに戻ることを防ぐことができます。とはいえ、Analyze(分析)を完璧に行おうと時間をかけすぎても研修計画は前に進んでいかないので、取り組もうとしている研修計画の重要度に応じて、どの程度までAnalyze(分析)を行うか、強弱をつけて行うことをオススメします。
具体的にAnalyze(分析)では、以下のようなことを行います。
・理想の定義
まずは計画しようと思っている研修の対象者にどうなってほしいのか、理想を定義します。 理想の定義は企業や組織の経営理念に基づいて考えるケースや、事業の成果を出すためにどのような状態になってもらう必要があるのかを考えるケース、人事制度などで定められている役割期待に基づいて考えるケースなど様々です。
・現状の把握
次に、研修の対象者の現状を把握します。 社内で行っている従業員満足度調査の結果や、過去に実施した研修のアンケート結果などがあれば、まずは既存のデータを活用することをオススメします。既存のデータでは把握できないこと、より具体的な状況を把握する必要なことがあれば、対象者やその上司へのヒアリングやアンケート、職場に赴いて業務の実態調査を行うと良いでしょう。 調査は、やり始めるときりがないため、まずは社内に既に存在している情報・データを有効活用すること、新規に調査を行う場合も目的を明確にして、必要最低限の調査にします。
・理想と現状のギャップの確認と施策の検討
理想と現状のギャップがどこにあるかを考え、施策を検討します。 ここでポイントになるのは「理想の実現に向けてどのような研修を計画するべきか」だけではなく、研修以外の施策についても検討することです。研修担当の皆さまは研修を計画実施することが担当業務ですので「どのような研修を行うか」に目が向いていくのは当然のことです。しかし、今一度この問いについて考えてみてください。 「研修を計画実施するだけで、その理想は実現できるのか?」 例えば、人事制度や評価制度のような制度の見直し、社内の環境や仕組みの見直し、上司やOJT担当者など職場の人たちの関わり方の見直し、担当業務のアサインや業務そのものの見直しなど、理想の実現に向けて、研修担当部門以外の協力も必要になるかもしれません。
・研修の対象者以外にも目を向ける
研修を計画する際、「管理職」「〇年目社員」のような対象者を特定することが多いと思いますが、対象者が理想にたどり着くために、対象者以外の人たちにも変化してもらう必要がないかどうかを考える必要があります。 例えば、「新入社員に早期に一人前になってもらいたい」という理想の実現に向けては「新入社員のOJT担当者が適切なOJTを実践できること」「新入社員の配属先の上司が適切なフォローアップを実践できること」このような状況が必要になることが多いはずです。これまでに研修に取り組んできたけれども、いまいち成果が出ていないなと感じることがあれば、その研修の対象者以外にも目を向けてみてください。
・可視化してステークホルダーから意見をもらう
本記事のダウンロード資料の中にあるフレームワークを使って、上記4つを行った結果を書き出してみてください。そのうえで、同じチームのメンバー、上司、研修を実施する予定の対象者の部門の責任者の方などに見てもらい、書き出した結果をブラッシュアップしていきましょう。 人材育成の成果を出すためには「研修を実施すること」だけに目を向けるのではなく、まずはどこにどのような課題があるのか全体像を捉え、組織全体として何からどういう順序で取り組んでいく必要があるのかを見定めていくことが大切です。研修担当部門と他の部門とで取り組む施策を検討し、決定した各施策の具体化を図っていきます。
・研修の目的と目標の設定
研修担当部門として実施する研修を決めたら、ここまでの分析結果をもとに、研修の目的と目標を設定します。研修の目的と目標を設定する際には「カークパトリックの効果測定モデル」を踏まえて設定すると良いでしょう。 カークパトリックの効果測定モデルとは、研修の効果を以下の4段階で測定することを定義したモデルです。
- ①Reaction(反応)
- ②Learning(学習)
- ③Behavior(行動)
- ④Results(成果)
Kirkpatrick,D.L. “Techniques for Evaluating Training Programs,”in Evaluating Training Programs. 1975
カークパトリックモデルの4段階を踏まえて、以下の3つの項目で目的と目標を設定することをオススメします。
- 学習目標:受講者が職場で行動を起こすために学ぶ必要のあることは何か?
- 行動目標:目的を達成するために受講者が職場で実践・行動することは何か?
- 目的:学習→行動は経営・ビジネスにどのような成果につながっていくのか?
目的>行動目標>学習目標の関係性が見えることで、研修計画に対してステークホルダーの納得感が高くなるだけでなく、受講者にとっても「なぜ学ぶのか」について納得感が高くなります。
このようにカークパトリックモデルを踏まえた目標設定を行うことで、ADDIEモデルの⑤Evaluate(評価)のプロセスで、何についての効果測定を行うか、その指標を定められたことになります。
研修実施後の効果測定のやり方についてのお悩みを聞くことが多いのですが、研修を実施した後になってから効果測定の指標や方法を考えるのではなく、研修の計画段階で何を指標として効果測定を行うかを決めておくことが重要です。
「この研修は何のためにやっているのだろう?」と思う研修があれば、研修の目的、行動目標、学習目標を再確認してみるとよいでしょう。
2Design(設計)
Analyze(分析)で研修の目的と目標が設定できたら、学習目標を達成できるように、実際にどのような研修内容が必要なのかを決めていきます。 研修の骨組みとなるアジェンダを企画構成することから始まり、タイムテーブルやその詳細な中身を作っていきます。企画設計者と講師登壇者が違う場合は、講師登壇者に企画設計の意図が伝わるように、設計資料も用意します。Evaluate(評価)で使用するアンケートやテストなどもこのプロセスで作っておきます。
3Develop(開発)
Design(設計)で決めた研修内容を実施するための教材を作成します。 投影資料やテキスト、ワークシートなど、研修会の当日に必要な教材を作成し、研修で使用するツールや資材の調達も行いましょう。 初めて実施する研修の場合は、できるだけ本番と同じような状況でリハーサルを行うことも重要です。難易度や複雑性の高い研修の場合は、詳細に作りこむ前から段階的にリハーサルを行うことをオススメします。
4Implement(実施)
Develop(開発)が完了したら、いよいよ研修を実施します。 研修の当日は、アジェンダや企画構成通りに行うことを基本としつつ、受講者中心主義の考え方に則って、設定した学習目標に受講者が到達できるように意識しながら実施します。実施内容に対する研修中の受講者の反応は今後の改善に重要な情報となりますので、実施後に講師登壇者からフィードバックをもらえるようにお願いしておきましょう。 企画設計者と違う人が講師登壇する場合は、事前の企画設計の意図に沿って実施できているかどうかのチェックも必要です。
5Evaluate(評価)
Analyze(分析)の段階で事前に設定した評価指標に沿って、受講者が目標を達成できたかどうか評価します。 学習目標・行動目標ともに、Design(設計)の段階で用意しておいたアンケートやテストなどを使って確認します。設定した指標によっては、実施直後ではなく、一定期間が経過してから測定した方が良い場合、1か月後と3か月後のように複数回にわたって測定した方が良い場合もあります。 評価結果を踏まえて、研修計画や実施のどの部分に対して、どのような改善を行うか議論し、次回の研修計画に反映していきしょう。
テンプレートの紹介
今回、解説させていただいた研修計画の立て方を実務で行うための、テンプレートをご用意しました。テンプレートは以下の2点で構成されています。
現状分析シート
Analyze(分析)の段階で使用する、受講対象者の理想と現状を埋めて、ギャップから施策を考えるためのシートです。
研修概要設計シート
Analyze(分析)の段階で使用する、研修の目的・行動目標・学習目標や、研修実施に向けた基本情報を整理するためのシートです。
まとめ
今回は、具体的な研修計画の立て方についてADDIEモデルを軸にお伝えし、実務で行うためのテンプレートをご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか?
企業理念や戦略の実現のためには、研修受講者の行動変容を促すことが大事であり、そのためには、ADDIEモデルのプロセスに沿って、効果的な研修計画を立てて実施し、継続的に見直しを行っていくことが重要です。
社内で実施されている全ての研修で実施するのは大変だと思います。まずはご自身の担当している研修から、チームの取り組みとして重要度の高い研修から、ADDIEモデルに沿って取り組んでみてください。